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三鷹事件関係資料

 

三鷹事件

三鷹事件
 
三鷹事件 1949年7月15日
 1949年7月15日夜、国電中央線三鷹電車区一番線を7両編成の無人電車が暴走した。駅構内を走りぬけた電車は駅前交番を破壊し、道路を隔てた下田運送店に突っ込み止まった。駅ホーム、構内にいた利用客6名が死亡、十数名が負傷する惨事となった。
 検察・警察は、この事件を共産党によるものとして、国労三鷹電車区分会の共産党員飯田七三ほか8名の共産党員と、ただ一人非共産党員の竹内景助を「電車転覆致死容疑」で逮捕した。その後、飯田七三、伊藤正信、田代勇、横谷武男、清水豊、外山勝将、宮原直行、喜屋武由放、先崎邦彦そして竹内景助の10名が起訴され、飯田、喜屋武、竹内の3名は死刑、他は懲役刑を求刑された。
 
 
 一審の東京地裁鈴木忠五裁判長は、検察が主張する「共同謀議・共同正犯」を「空中楼閣」として退けたうえで竹内の単独犯行とし、竹内に無期懲役、他の被告を無罪とする判決を下した。高裁は自判により竹内にたいし「原審破棄、死刑」を宣告し、最高裁では口頭弁論を開くことなく「上告棄却」。竹内の死刑、他被告9名の無罪が確定した。
 竹内は取調べ段階から「無実」、「共同犯行」、「単独犯行」と、その供述は二転三転していたが高裁死刑判決の後無実を主張し、獄死するまでその主張を変えることはなかった。
 竹内は、56年より再審請求を続け、その開始の可能性が高まった67年1月、脳腫瘍のため、「悔しいよ」の一言を残し絶命した…。その瞬間、彼の脳裡を埋め尽くしていたであろう無念の思いは、いまもこの三鷹事件関係資料の膨大な資料のなかに息づいている。
 

三鷹事件関係資料

三鷹事件関係資料
 
 三鷹事件関係資料を保存する会が管理する資料は、森山四郎氏(元国民救援会)のもとに保管されていた資料を中心に、清水豊氏(三鷹事件被告)、小松良郎氏(歴史家)、落合雄三氏(元三鷹電車区運転士)、片島紀男氏(元NHKディレクター)をはじめとした「『三鷹事件』関係資料の保存を進める会」会員諸氏が収集・管理してきた資料である。
 
 
「三鷹事件」資料のご利用にあたって
 当資料は原則どなたでも無料でご利用になれます。ご利用にあたっては、下記規定をご確認の上、(一財)日本鉄道福祉事業協会・労働資料館に事前にお申し込みください。
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●利用申し込み先
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